村落の女性と都市の女性 《歴史・女性・金融業》

南北朝以降、中世村落は自治的性格の強い惣村へと進展し、土一揆や逃散などの戦いを行ったが、女性は、男性とは行動をともにしないものの、家に残り家を守るなどの役割を果たしたり、非公式な寄合には参加したり、あるときには領主側に殺害される場合さえあった。

一方、女性を罪業深重とみる罪業観と、けがれた存在とする女性不浄観の浸透を背景に、仏教では院政期ごろから女人禁制の結界設定が多くなり、女性の宗教者を忌避する傾向が増加した。都市では女商人が活躍した。

鎌倉時代につくられた『病草紙』には、女性の肥満借上が描かれており、金融業に従事する女性は多かった。

室町期の『七十一番職人歌合』には100余の商工業者中、3割が女性であり、酒・餅・米・麹・豆腐・魚など食料品や絹や布などの繊維製品などの商工業者が女性であるとされている。

また、塩座・紺灰座・扇本座などの「座」にも女性がおり、帯座の責任者、座頭職を所持している女性もいた。

しかし、商いが広域化し市場が広がると、座は政治権力と結合し、領主との関係が強化されると公式文書には男性が登場し、女性の商工業者は、夫を主とする「家」に包摂されていく。

さらに、酒やしょうゆなどの醸造業や土器の製造販売は古代から中世末まで女性であったが、近世になると女性不浄観が庶民層にまで浸透し、排除されることになる。
update:2010年02月23日