槍刺突武器の一つ長い柄の先に ≪歴史・槍・武器≫

鋭利な刃物を着装し、これを手に持って敵を突き刺すか、またはこれを投げ付けて目標物に命中させたりした。

利器としての槍は、狩猟をはじめ、戦闘、または儀礼などに用いられた。鎗、鑓などとも書く。

わが国で、槍が戦場に登場するのは鎌倉末期で、元寇の役の際の苦い経験により、その対抗策として考案されたものともいわれ、これが接戦武器としての有利性を認められたのは南北朝の動乱期であった。

さらに室町中期の応仁の乱以降、戦国時代にかけて、合戦の様相が従来の一騎打ちから歩兵の集団戦闘へと推移すると、足軽たちの槍隊の活躍が戦いの帰趨を決するほどになった。

やがて戦国末期には、槍隊の組織化も進み、戦法も向上して、長槍の使用が盛んとなり、6尺または9尺の手槍から2間以上の長柄物が現れ、足軽長柄隊の活躍が目覚ましく、一番槍とか七本槍など、槍の巧名話が人々に語り継がれている。

一方、安土桃山時代を経て近世の初期にかけ、槍の種類も増え、素槍以外に鎌槍が現れ、ついで鍵槍・管槍が加わり、これに伴って操法の研究も進み、刀槍の術が分化して、槍術独自の流派が相次いで成立した。

さらに徳川幕府の安定化とともに、槍は武家の表道具としてまた家門の名誉の象徴となり、また槍術も技法的にいっそう洗練されて、武芸四門の一つとして重用された。
update:2010年02月18日